(YOSHIRO HIROISHI)

日本を代表する国際的なラテン歌手で1965年ヴェネズエラのTV局に招かれたの機に、北、中南米で高い人気を得る。その後現在まで日本、海外をいったりきたりの活動。現在まで15国以上でアルバムが発売されている。1999年文化庁芸術音楽部門優秀賞を受賞2005年度、キューバより音楽功労賞受賞。

Yoshiro Hiroishi es uno de los primas cantantes japoneses que trajo la musica latina a japon. Ha actuado en los mejores escenarios en latino America , U.S.A. Y otros paises.Es admirado por su megnifica interpreacion en espanol por los mejores cantantes latino americano asi como por el publico hispano hablante. su ultima produccion se llama “RUIDOS”(AINO OTO)y ya esta a la venta. Yoshiro hiroishi The only Japanese approved by latin America and U.S.A.

YOSHIRO広石は不思議な魅力をもった歌手だ。YOSHIROはあらゆるジャンルの音楽を超えてしまっているところがある。どのステージでどんな唄を歌ってもYOSHIROの存在、残像だけが強い余韻となって残ってしまう。(数少ないスーパースターに一様に共通するもの)YOSHIROの場合、それはまた、密接に人の心に微妙にはたらきかけ、なつかしさ、郷愁を回帰させたりする。人の人生は、すなわち、喪失の旅、そのものでもあるし、輝ける時こそ瞬く間に、その手からこぼれ落ちていってしまう。YOSHIROのステージに合いまみえる喜びは、その“失ってしまった遠い記憶”のようなものがふたたび、あのとき、あの姿のままで自らに立ち働いてくれる“美しき迷宮との出会いの旅”でもあるから。キューバの人たちが、泣き笑いのような幸せな表情に包まれ、愛に溢れたまなざしで彼を見つめ、その唄に酔いしれているのを幾度も目の当たりにした。そんな彼らの心を理解しえるのは私も同じ魂の持主だからだろうか。YOSHIROは世界のどこの国へ行ってもどんな音楽を歌っても、きっとそれぞれの国の人たちに“愛すべき魂のシンガー”として心から祝福されるだろう。YOSHIROは日本音楽界の珠玉の歌手の一人であり、また身近にいつでもYOSHIROの音楽世界に触れることができることをとても幸福に思う。

私が初めて“YOSHIRO”のレコードを聴いたのは、彼がまだ10代の時。私はプロモーターの直感から、迷う事なく彼を日本からラテンアメリカのテレビショーへ招いた。当時、前後して招いたフランク・シナトラ、ポール・アンカ、ドナ・サマー等と比べて、知名度こそ無かったものの、彼は天性の「感」でオーディエンスと瞬時に一体となり、当時誰もやっていなかった、歌いながらのローラースケートやタップ、早変わりを披露、短い間に闘牛場も満員にした。時は移り、近年、北米やベネズエラ発のテレビで彼のショーをみてはいたものの、今年6月、ハバナでのボレロ・フェスティバルで彼と共演し(私はプロモーターであり歌手でもある)もう一度彼を手がけようと思い始めている。音楽のレベルは世界トップにあるキューバで、しかも世界の一流歌手が集うこのフェスティバルの期間中、連日客を総立ちにさせたのは彼一人だった。「ぼくが日本人だから珍しいんだよ」と彼は謙遜していたが、それは一つの売り物にはなっても、それだけで客は感動や興奮はしない。歌が上手いというのは、プロなら当たり前のこと。しかし、“YOSHIRO”の様に本能的に歌える歌手はラテンアメリカでも少なく、それがオーディエンスの心をいつも引き付けるのだ。「僕は日本人にもっと認められたい」と言う彼の言葉が本当だとしたら、日本人はなんともったいない事をしているのだろう。日本の皆さん“YOSHIRO”の本能的な歌にぜひ魅せられて下さい。